最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)42号 判決 1991年3月19日
東京都台東区浅草二丁目三四番一〇号
上告人
株式会社三社会館
右代表者代表取締役
木村昭光
右訴訟代理人弁護士
小林辰重
吉田康
石川善一
東京都台東区蔵前二丁目八番一二号
被上告人
浅草税務署長 藤井清彦
右指定代理人
下田隆夫
右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第八五号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成元年一二月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小林辰重、同吉田康、同石川善一の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件通知処分、本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に違法はないとした原審の判断は、正当とした是認することができる。原判決に所論の違法はない。諭旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
(平成二年(行ツ)第四二号 上告人 株式会社三社会館)
上告代理人小林辰重、同吉田康、同石川善一の上告理由
原判決には法律の違背がありそれは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄さるべきである。
第一点、原判決は国税通則法第二三条一項一号の解釈を誤っている。
一、事案の概要
1 上告人は昭和六〇年四月一日から昭和六一年三月三一日までの法人税の申告を昭和六一年五月三一日被上告人にした。所得金額五二九万七二二三円、納付すべき税額六六五万九六〇〇円であった。
これに対し被上告人は昭和六一年一二月二六日所得を一億三九五七万七二二三円、税額を六四四〇万二八〇〇円と更正した。(但し被上告人は昭和六二年一二月二六日所得金額一億一九八八万四三七六円、税額を五五六二万四九〇〇円と減額再更正した。(第一審判決別紙課税処分経緯表)
2 被上告人の更正の対象たる事実
上告人は昭和六〇年七月三一日その所有する事業用資産で所有期間が一〇年を超えた土地、建物を金四億五九〇〇万円で売却、同年八月三〇日事業用資産としていわゆるマンションの一部分及び土地持分を二億五二〇〇万で買い受けた。
上告人は、右売買は租税特別措置法第六五条の七にいう特定資産の買換えに該当すると思料し譲渡利益については課税の繰延を受けることにしたのである。しかして売却した土地建物と買受けたマンション一階部分及び土地持分は、同条一項、表、第一五号、上欄の譲渡資産と下欄の買換資産に該当するものと判断し帳簿価額(取得価額)を建物に係る部分一億〇二八〇万円土地持分に係る部分一億四九二〇万円と按分した上、同項所の圧縮限度額をそれぞれ、九二五二万円、一億三四二八万円と計算し、その合計額二億二六八〇万円を買換資産の帳簿価額から減額し、減額した金額に相当する金額を損金に算入する圧縮記帳経理をなし、その処理をした計算書類につき定時株主総会の承認を得てこれに基づき申告をした。
しかるところ被上告人は買換資産のうち土地持分は措置法第六五条の七一項、表、一五号下欄の減価償却資産に該当しないとしてその相当額の損金算入を否認し益金に加算したのである。
3 そうすると上告人の右土地持分に関する計算は国税に関する法律の規定に従わない計算だということになる。上告人は土地持分に係る圧縮額については一端土地勘定に戻した上、これを措置法第六五条の八、一項の特別勘定に設定し、その金額を損金に算入する経理に訂正(その結果は頭初の所得及び、税額に変動はない。)し、臨時株主総会の承認決議を経てこれに基づき、昭和六二年一月七日被上告人に対し更正の請求をした。
また上告人は同年二月一三日被上告人に対し更正処分につき異議申立をした。
被上告人は同年五月一八日上告人に対し更正をすべき理由がない旨の通知処分をなし、異議申立を却下した。
上告人は同年六月一二日被上告人の右二処分につき国税不服審判所へそれぞれ審査請求をした。しかし同審判所は三ヶ月を経過するも裁決しないので本訴を提起したのである。
二 原審の判決における法令の違背。
1 第一審は上告人の本訴請求をいづれも棄却し、原審はそれを認容した。本訴のうち被上告人の更正の請求の理由がない旨の通知処分に対する上告人の控訴を棄却する理由として、原審は次の如き第一審の理由を採用した。
2 納税申告に対し更正があった場合で更正の請求が認められるには、国税通則法第二三条一項一号により、<1>当該納税申告書に記載した課税標準又は税額等の計算が国税の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと、<2>右により当該申告書の提出による納税すべき税額が過大であることの二要件が必要である。更正後の税額が過大であるというのは単に税額が過大であればよいとしたものでなく、前記<1>の充足が理由となって税額が過大となるべき場合、すなわち申告による納付すべき税額が過大であった場合、更正がその過大な申告に係る税額を前提として他の更正要素による更正をした場合のことである。この場合は申告に係る過大額が含まれているからその部分につき更正の請求が許されるだけである。上告人の場合は<2>の要件を欠いているので棄却したというのである。
3 しかし前記第二三条一項一号を普通に解釈すれば次のとおりである。すなわち原審のいう<1>の原因があって、<2>申告書自体が過大になっている場合<3>更正があったときは、更正後の税額が過大となった場合に更正の請求が認められるということであり、簡明である。
しかるに原審は右の更正というのは申告の過大額を前提として他の更正要素による更正というが条文のかっこ書の更正をそのように解さなければならない文言はない。また原審は右の意味不明な更正により申告時の過大額がありそれに更正の請求ができるだけであるという。それでは右かっこ書は死文化してしまうことになる。要するに原審の解釈は昭和四五年の改正前の解釈すなわちかっこ書のない時の規定に対する解釈である。
4 原審の解釈は条文に反するのみならず更正の制度の本質に反するものである。
イ 申告納税方式においては、納税者は決算時、自ら課税要件事実を確認し、税法を適用して税額を算出し申告する。右事実の確認は自分で体験したことであるからさして難事ではない。しかし税法となると周知のように難解であり改正も頻繁であるから適確に把握することは困難な作業である。よって事実確認に関する事項は納税者が申告した以上、確定した税務法律関係を争訟手続以外で変更を認めるのは適切ではない。
しかし納税者の税法の規定の適用については別の取扱いが必要である。
ロ 納税者は平常、税法に無関心であるところ、決算時にあわてて馴れぬ税法の参考書をみたり税務署に相談したりして税知識の獲得に努めるのが実状である。ところが事実を確認し、具体的に税法の規定の選択、適用となると暗中模索、独断、誤解、誤信のうちの適用、計算となり、結局納税者の意図するところと違った申告となり勝なのである。前述の申告書に税法の規定に従わない課税標準等の計算というのは右の状態の下で発生するものであり、故意にそのような計算をする者はいない。
そこで問題は申告が私人の公法行為ということである。
ハ 私行為という点からすると前記申告は民法上の錯誤に該当することが多いから、いつまでも又いつになっても申告の無効を主張し得る理である。しかし公法行為、つまり申告により税額が確定しその納付、執行と手続が進行する点を考えれば民事上の錯誤と同一視することはできない。よって錯誤を理由とする申告の変更請求について直に、又後日になって提訴することを制限し、まず行政上の処理をすべくそのために設けられたのが更正の請求である。従って更正の請求を規定する前記通則法二三条については国税の規定に従わない課税標準額等の計算があるということが基本的な問題でそれが原因で申告書自体が過大となっていることと、更正により過大になったことを差別する理由はない。
実際上、納税者は申告することが精一杯であるから、自ら課税が過大になっているか否かを検算することは少ないし、しかも分からないのが普通である。更正をうけて始めて判明することが多いのである。
三 更正について通則法第二四条に、税務署長は、その納税申告書に記載された課税標準又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき更正する(前段)とある。この要件は第二三条一項一号と全く同じであるから、この更正により税額が過大となったときは更正の請求ができるのである。
そこで問題は原審のいう申告書自体の税額が過大な場合であるが、税務署長は前記二四条前段により更正するが結果は適正額となり、更正の請求の必要はない。減額更正である。
次に原審のいう過大な申告税額を前提として他の更正要素による更正ということであるが、これは要するに右過大額に気がつかなかった更正ということである。(被上告人は第一審でそういっていた。)
そうすると右更正は職務怠慢か、資質の低い署長(実際は担当職員)の更正という課税庁内部の問題で外部的、客観的には更正に変わりがなく、第二三条一項一号のかっこ書の更正であって特別論議するに値しない。
四 以上の次第で原審は通則法第二三条一項一号の解釈を誤り、上告人の前記控訴請求を棄却したのであるから原審判決は破棄さるべきである。
第二点、原審判決は国税通則法二三条三項、四項の解釈、適用を誤っている。
一 原審判決は次の如くいう。
上告人は更正の請求の理由について、前記マンションの土地持分相当額を圧縮記帳の経理をしたのを訂正し、同額を措置法第六五条の八、一項の規定に基づき特別勘定の経理に訂正しそれを臨時株主総会の承認決議を経ているのでその決算額に更正するよう請求しているがそれは理由にならない。
申告納税においては納税者が決算に当り圧縮記帳の又は特別勘定設定の経理をするかは、納税者の自由な選択に委ねられておりかつ確定した決算において右経理が認められている。専ら確定した違法な点のみを内容とする決算の修正であればともかく、更に特別勘定経理にして税額の減少を図るため、いったん承認した決算を確定申告後に修正しこれを更正の請求の理由にすることはできない。(被上告人は当初から同様の主張をしている。)と。
二 原審の解釈は本末転倒である。上告人は単純に確定決算を臨時株主総会で変更したから認めよと請求しているのではない。錯誤により税法の規定にしたがわない計算をした結果、更正をうけ過大な税額となったので、通則法第二三条一項一号に基づき更正の請求をすることにしたのであるがその手段として、又更正の内容として右違法の計算を訂正したのである。しかしそれが税額の減少を図るためであることは当然であるけだし更正の請求は確定した税額を納税者が減額を求め得る唯一の制度だからである。
また原審判判決は、申告納税方式においては、決算時、納税者がどの経理をするかは自由な選択に委ねられている。よって一たん選択した以上後日納税者が変更することは認められないという。
しかし上告人の場合、当該圧縮記帳の経理をしたのは自由な意思の選択ではなく、決算時、錯誤により右経理が適法である信じて採用してしまったのである。具体的にいうと上告人は既述のとおり、買換資産としてマンションの建物部分と土地持分を取得したのであるが、上告人は両者を一括して買受けたし、当該建物は「建物の区分所有等に関する法律」の適用があるので土地持分(敷地利用権)は建物部分と一体として措置法第六五条の七第一項、表、一五号下欄の減価償却資産と誤信し、圧縮記帳の経理を適用したのである。陥入易い錯誤というべきであろう。
上告人は右錯誤により発生した不利益を回復するため更正の請求という救済制度に頼っているものである。それには錯誤により生じた頭初の誤謬つまり特別勘定経理にすべきを圧縮記帳にしたのを正常の方式にする必要があるので所要の手続をしたのであって単なる決算の変更ではないこと勿論である。
三 納税者が更正の請求をする場合は、通則法第二三条三項により、請求に係る更正前の課税標準税額等、当該更正後の課税標準、税額等、更正の請求をする理由、当該更正の請求をするに至った事情の詳細等を税務署長へ提示する。同条四項は税務署長は提出にかかる課税標準等を調査し、又は更正すべき理由がない旨を請求者に通知するとある。上告人は三項の事情をすべて被上告人に報告済である。上告人は請求の理由として既述のとおり錯誤により措置法第六五条の七に従わない計算をしたのでこれを特別勘定経理に訂正したので更正を求めるとした。よって被上告人としては提出された資料を検討し判定すべきであるのに形式的な、単純な理由で拒否したのであり、原審もまたそうである。よって原審判決は前記三項、四項の解釈。通用を誤ったものであり、審理不盡である。
第三点、原判決の法人税更正処分取消請求に対する部分にも法令の違背があり判決に影響を及ぼすことが明らかである。
一 上告人は本件申告に当り既述の特定資産の買換に関する措置法第六五条の七による課税の繰延を得る目的で買換資産のマンションの専有部分と土地持分は一体として同条一項、表、第一五号下欄の減価償却資産に該当するものと誤信し、その価額の全部について圧縮記帳の経理をした。(申告書の別表一三(五))しかるにこの処理は同条に従わない計算であると否認され更正され過大な税額となった。
右事実は申告の重要な部分すなわち要素に錯誤があり、それは別表一三(五)により客観的に明白であり、かつ申告税額の約八倍の更正税額となり重大な結果となった。よって上告人は本件申告は錯誤により無効であり、上告人と国との間に税務法律関係は発生していない。これに対する被上告人の更正の処分は存在しない法律関係に対する行為であるから無効である。よって上告人は右の無効な更正によって蒙っている不利益の限度、すなわち申告額を超える税額の取消を請求したのである。
二 上告人の右請求に対し原審(第一審)は申告が無効ならば無申告と同じである。そうすると上告人の本件課税標準及び税額は決定により確定することになるところ更正により確定しただけである。
また附帯処分はむしろ無申告加算税の方が過少申告加算税より多額である。よって本件申告が無効だとしても上告人に何ら不利益はない。上告人の請求は訴の利益を欠くから認められないとして棄却した。
三 上告人は法人税法第七四条の規定どおりに申告している。したがって申告は成立しているのである。しかし申告の内容に前述の錯誤があるので効力が発生していないのである。しかして上告人は申告が私人の公法行為であるに鑑み、更正の請求をなしもって行政上の救済を求めている。よって錯誤による無効を主張する障害はない。
原審は適法に成立した申告に対し、右の如く錯誤による無効を主張するとその申告は無申告と同じになるというのであるが、これは法律行為の成立と効力の発生とを混同した考え方である。もし原審の判断が正しいとするならば申告に対し錯誤による無効の主張は無意味となり、完全な禁止と同じになる。
申告が公法行為であるとはいえ私人の意思表示である以上、錯誤の主張(制限されることは既述した。)は認められるべきである。しかるに原審は上告人の錯誤の主張に対し審理することなく、又法令上の根拠を示さず申告が錯誤で無効ならば当該申告は無申告と同じだという。申告は公法行為であるから成立している以上、取り消されるまでは有効であり、無効を主張すると直ちに消滅するわけではない。
原審は申告についての前記条項の解釈を誤っており、また審理不盡であるから破棄を免れない。
以上いずれの点からするも原審判決には法令の違背があり、それは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄さるべきである。
以上